上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
5冊目の本を出版しました。
犬とは関係ないのですが、ご案内させてください。

銛一本で鯨を捕る、南太平洋で暮らす人々の話です。

鯨を捕る、というと残酷なイメージを持つ方もいるかもしれません。ですが、そういう人にこそ読んでいただきたいノンフィクションです。電気も水道もガスもない、物質的に貧しかったこの村では、鯨一頭捕れれば村人が2ヶ月食べていけます。男たちは帆かけ船に乗って、鯨の背中に跳びかかって闘います。文字通り命がけの漁です。命を落とした漁師もいます。そして女たちは、男たちが捕った鯨肉を頭の上に載せて山を何日も歩いて売りに行きます。
その島の漁と暮らしを、私は長い時間をかけて撮影しました。

鯨人画 アマゾンへのリンクはこちらから

長くなるので、興味がある方は、続きをお読みください。
撮影した理由は、この島には、人間と鯨の関係を通じて、自然とともに生きる人間本来の姿がある、と強く感じたからです。
四年間かけて鯨漁の撮影に成功した私は、しかし、できあがったフォトドキュメントに何かが欠けていることに気づき、悩みました。勇壮な鯨漁は撮れていました。人間の物語としては十分です。しかし、やはり何かが足りない気がしてなりませんでした。そして気づきました。欠けているものは鯨の感情であり、心だと。のたうち苦しむ鯨の気持ちも撮らなければならない、そう考えたのです。そして決心しました。なんとかして鯨漁を鯨の側から撮ってみようと。
しかし問題はその方法です。どうすれば鯨の気持ちを撮ることができるか?
悩み抜いた末に出した結論は、逃げる鯨の眼を撮ることです。鯨は哺乳類ですから魚類と違い死ぬと眼を閉じます。逆にいえば哺乳類だからこそ、その眼には感情が宿るのではないかと。

撮影は文字通り命がけでした。まずチャンスが来るまでさらに三年の月日がかかりました。そして海に潜り、銛を打たれて逃げる鯨の背中につかまると、弱っていたはずの鯨は最後の力をふりしぼったのか、暴れて潜水を始めました。私を背中に乗せたまま。
それ以上はネタバレになってしまうので書きませんが、15メートルのマッコウクジラの背中に乗って海に潜ったのは、後にも先にも世界で私だけでしょう。写真がなかったら、誰も信じてくれないかもしれません。

そのとき感じた鯨の体温、見た怒りに燃えた眼。そして覚悟を決めたときの眼…。どれも私が生涯忘れることのできないものです。そのときの体験を詳細に記しました。
今、捕鯨は世界的な問題になっています。鯨を捕るべきか、やめるべきか。その問題は実は人間と動物がどう付き合って行くべきなのか、という本質的な命題を内包しています。
机上で想像を巡らし議論するひとや書ばかりですが、一人の人間が、七年の月日と命を懸けて体験したことをぜひみなさんと分かち合えたらと思います。

捕鯨に焦点を当ててますが、テーマは自然の厳しさと恵みと、残酷さと優しさです。この書を通じて、生かされていることの意味と、責任の重さを少しでも実感として感じてもらえればと願っています。

こちらは集英社新書のHP、概説とフラッシュによる写真が流れています。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://goeju.blog7.fc2.com/tb.php/900-45864565
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。